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The telescope of the doughnut

別れた恋人がドーナツを持ってやってくる。


おはようドーナツ。

起きなよドーナツ。

ひとつだけ。



プレーンドーナツ

チョコドーナツ

ナッツドーナツ

ひとつだけ。



「なんでいつもドーナツ一個なんだ!?」

「…なんとなく。」

「オイ、なにやってんだよ。」


「ふふ・・・ドーナツの望遠鏡から幸せが見える。」



彼女はふざけたように笑いながらドーナツの穴から俺を覗いていた。



それは小さなドーナツ。



「もう俺のことなんて忘れていいよ。来月、結婚すんだろ。」

「会社に原稿持って行くついでだよ。いいじゃないドーナツくらい。」



「もう。来なくていいよ。俺、ここを出て行くんだ。ここは思い出が多過ぎる。」




出て行く朝。


玄関を開けたら袋に入ったたくさんのドーナツが置いてあった。


お腹が減っていた俺はバスのなかでパクパク食べた。




ドーナツの望遠鏡から外を見ると


二人が暮らした家がだんだん小さくなっていった。



inspire:HOW DEEP IS YOUR LOVE

愛し始めていたよ

ちょっとずれたジョークも

僕のダメなところを怒る瞳も



君に会える日はパーティに行く気分

「今日はどうしたの?」って

子供みたいに急ぎ足で電車に飛び乗った


この腕にとどめていたかったのに

君のことを

でも僕は同時に学んでもいたんだ

このくらいでさよならしなくちゃって


大人になると

どうしてなんだろう

切ない気持ちは分解できて

風船みたいに遠くに飛ばせる

夏の空の果てに




気づき始めていたよ

伝えたかった真実も

君がずっと努力していたことも


世界中の言葉をかき集めても勝てない

「あなたに会いたい」って

僕の日常を覆す君からのメッセージ


この腕にとどめていたかったのに

君のことを

でも僕は同時に学んでもいたんだ

このくらいでさよならしなくちゃって


大人になると

どうしてなんだろう

それがぜんぶ嘘だとしても

いつまでも心に温められる

夏の海の底に


大人になると

どうしてなんだろう

切ない気持ちは分解できて

風船みたいに遠くに飛ばせる

夏の空の果てに




通夜の月

別れた妻の父が亡くなった。

広い式場にたったひとつのテーブルを使って

僕が酒を酌み交わすのは今の旦那だ。

「女房と二人でね、看取りましたよ。綺麗な顔でしょ。」


「そうですね…。」僕はコクンとうなずいた。


別れた妻が言う。

「お父さん、生きようと飲み食いも出来なくなっていたのに、7ヶ月も生きたのよ。」


「お母さんは急に亡くなったけど、お父さん、そりゃ立派だったね。」

元妻の叔母が呟く。




「私ね、そんなお父さんを見て、やっぱり本当の父親じゃないんだなって確信したのよ。」



自然とふと口走った。元妻の秘密。




みんな彼女をはっと見た。





元妻は叔母の子だった。

生まれて姉夫婦にすぐ引き取られてずっと知らずに生きていた。



そしてある時気付いたのだ。本当の親ではないと。



まだ僕達が夫婦だった頃、

叔母と別れて消息不明だった本当の父親に会いに行った。


娘だと語らずセールスを名乗って静かにドアを閉めた。


「娘だって言わなくいいのかい?」僕は尋ねた。


「ううん。いいの。もう、いいの。」



妻は父親の住むマンションの一階まで静かに降りてきた。



集合ポストの前まで行くと子供みたいにしゃがんで泣いていた。






僕の知ってる彼女の涙。




彼女の孤独。




叔母は今日まで自分が母親だとは名乗らなかった。

「そうねぇパパはねぇ酷い人だったのよ。女がいてね。だから別れたのよ。勝手でねー。」



平然としたその口調が可笑しくてみんなで笑い出した。


従姉妹いや本当の妹が元妻に聞いた。


「私なんて子供のときママと別れちゃったからパパに会ったことないよ。

どんな人だったの?」


「なんかね、ポマードべったりつけてて…。」


みんなまた笑った。



父親の死は皆のわだかまりをとかしていった。



考えてみれば誰とも血の繋がらなかった孤独な男の死。

しかし彼もまた父として生き、娘である元妻を愛したのだ。





その時


僕に溢れてはならない涙が溢れた。




僕は曇った夜空からかすかな月を探した。



孤独を癒すために。




ドリル

クビを吊ろうとしたが家にはヒモをかける場所が無いことがわかった。

私は昨日泣きすぎてパンパンに腫れた目をこすりながら壁に

穴を開けるドリルを買いに行った。



工具なんかなんにも知識がないからスタッフに声をかけて

バンバン意見をきいた。


「だからヒモを通すために壁に穴を通したいの。」

「壁の厚さは?なんのヒモを通すの?」



私は本当のことを伏せながらも近いところで精一杯の説明をした。


出て行った男の嘘みたいに。




「BSにつなぐ紐ってなんですか?聞いたことないなそんな紐。」


「だからー」


もう、これ以上きかないで。



売り場にピストルがあったらすぐこめかみを打ち抜きたい気分だ。




泣きたい.。

スタッフに抱きつきたい。

私を愛してほしい。




しかし私はドリルを購入し寄り道をしないで帰った。

少女時代マーガレットを発売日に買いに行った時みたいに。




別売りのドリルの刃もとりつけ目星をつけた壁に当ててみる。


黄色い引き金に力を入れる。


ギュ ギュイン ギュイン キキキ ギュンギュン


バイクの雄叫びのように響いている。


ガギュンギュンギュー


一気に木片が私に向かって飛び散り顔中が煙ってくる。


血しぶきを浴びているような極限の汚れ。



ギュインギュイン ブッ


こんなことしても何も報われない穴が美しくあいた。


鼻腔から木粉が吹き出る。したたる汗。



ドリルの躍動感。鋼の終わらないループ。




ふと



風が流れた気がした。



かつてこの家にいた男のコロンの匂い。

いつも歌っていた鼻歌。

抱きしめた背中。


きっとやさしさ故の嘘。







全て


この隙間から逃げていった。




レシート

溜まっていたレシートの計算。


家賃、光熱費、どんな料理になったのか


今でも思い出すマーケットのレシート。



とりあえず2で割る。





そこにメール。


「今日は久しぶりにたくさんテレビ観ちゃった。明日何食べる!?今どうしてるの?」


「家計簿つけてた。」


「家計簿なんてつけてるの?結構、几帳面だね。」


「落ち込んだ。」


「えっ、几帳面って言ったから!?」


「違うよ。ほら、レシート見てるとね。思い出がね…色々…。」


「…そうか。私の立ち入れない世界だね。ごめん。」






黄色く変色したレシートはまだ妻が生きていた頃のものだった。


もうすっかりレシートなんかは棄てていたがふと思いついて


妻が夜コツコツ書いていた家計簿の続きを付けてみた。


それは決して喪うはずないと思っていた頃の夜。




そして僕は


あれから


たまに


こうなふうに


時が止まってしまうのだ。






でも僕は彼女に写メを送る。




「何がごめんだよ。写メ見て、こんなもの発見!


夏に二人で行ったイタリアンのレシートだ!


これからは君の愛とレシートで一杯になっちゃうんだ(涙)」





「ばーか(笑)」


ばーか(笑)の後には星のアイコンが点滅している。




彼女の返事に思わず僕は笑う。






こうやって僕の時間は


再び動き出すのだ。






僕はいつかわかるはずだ。




全ての痛みは星になっていくことを。




lie of soul 

私の好きなカクテルの理由など


誰も興味なくなった頃から


本当にお酒が好きになったかもしれない。





氷の隙間を潜り抜けていく琥珀の液体が艶かしい。






「キミ、シアワセになったの?」



3年ぶりの電話。


「私はとっても幸せよ。あなたは!?」


「コンド、産まれるんだ。」


「男の子だったかしら?」


「もう産まれたよ。次はオンナノコだ。」






「それはHAPPYだね。私も結婚したよ。子供もひとりいる。」



「それはキミもHAPPYだ。」





電話の向こうでは「dad!」と子供の泣き声が聞こえてくる。





カラン。




グラスの中の氷は誰もいない部屋でうるさく主張する。







「キミ、ゼンブ、嘘だろ?」彼は私に尋ねた。



「本当に決まっているじゃない。」私は笑った。











氷を覗き込むとなんでもない私が映っていた。



琥珀の液体はすでに私の血肉になったのだ。




明日会いましょう

愛に捉われたものは自由を失う。


だから人は愛の世界で自由を謳う。


そして自由はなによりも輝く。






僕のちっぽけな自由。


愛する人との約束を破ること。


真夜中と栗ご飯

真夜中。


お腹が減って


冷凍庫にいた塊を解凍した。



栗ご飯。



炊いた時、二人の男が私と食べた。


それぞれだけど。



格好良くて自己チューな男と


やさしくて悲しい男。



私は


ずっと一緒に居てくれたやさしくて悲しい男を省みず


自己チューの男をひたすら追っかけていた。


やさしくて悲しい男は新しい女を見つけて


突然、私の元から去っていった。


自己チューは自己チューのまま。






美を追求する自己チュー男に「玄米身体に良いから。」と


玄米を炊きサプライズに栗を入れた。


家に残していた荷物を取りに来たやさしい男にも「ちゃんと食べてるの!?」と


玄米を炊きサプライズに栗を入れた。





やさしい男は言った


「あ、これ彼と食べたの?うまくいって良かったね。」


もう彼は幸せだ。


自己チュー男からメール


「今日はいい演技が出来なかったよ。明日、自主練習。朝早いからおやすみ。」


彼はいつだって幸せだ。


 





で、私は栗ご飯。


夜中にチンして食べている。






そりゃ泣くよ。


涙がどんどん出てくるよ。


飲み込んで吐き出すくらい。


わからないくらい。





悲しい理由は何!?


やさしい男に戻って来てほしいの?


自己チュー男に来てほしいの?


誰かを愛したいの?


誰かに愛されたいの?


 




理由もわからず泣いてる。


あの時。


何かに媚びる様に玄米を磨いでいた。 







玄米磨がなくていいんだよ。 





そんな時口の中でゴロンとした。


「栗だ。」


栗の数少なかったからみんな男達に盛り付けたはずだったのに…。


ご褒美のような栗ご飯。









とりあえず私は


ひとりの夜を噛み締めていた。




Yellow days

華やかな光に包まれて


僕が手を挙げた瞬間に


君は微笑みながら


消えていったね


 


何もないころ


何もないから輝いていた。


Yellow days


悪ふざけの日々


 


赤くもなく青くもなく


全ての色が吹雪いてく


影だけが残る


君だけが帰らないあの日から


 


白でもなく緑でもなく


全ての色が褪せていく


涙だけが残る


君だけが戻らないあの日から


 


飛沫に笑い逃げ惑う日々


Yellow days




グッドバイ

君に放った残酷な言葉を繰り返し囁いていた。


君に言われたら死んでしまうような言葉を。


 


グッドバイ。


君が二度とメールしてこないように。


君はさんざん僕に耐えてきたのだから。


 


グッドバイ。


君は僕に会う前の気ままな君に戻れる。


君は僕を一生恨んで幸せになれるから。


 


さよなら


大好きな君。




OD

街中に鳴り響いているあの叫びは


僕の心の闇から追い出した


君を運ぶサイレンの音。


 


もう僕は全てに負けてしまいたい。


もうこうなってしまえば何も望んだりしない。


 


僕の皮膚に浮かび上がる


ピンクのタブレット。


この乾いた世界の中で


熟れ朽ちるためのオーバードラッグ。




僕の不具合

闇の中で僕がアイスミルクを飲んでいる時、


僕の不具合が始まる。


なんの病気か今もわからない。


ドクターにさえ機嫌をとる僕は完璧に


想いを葬ることができる。


 


彼女は知らないところへ出掛けていく。


きっと嗜癖へのグランドサークルから戻ることはない。


また彼は崇拝者の呪縛から抜け出すことはできない。


そしてグロテスクなバイブレーターを革命だと歌っている。


 


僕は時に呼吸できないほど泣き出したくなる時がある。


君がよく眠れるという訝しい雨のなかで。




はざまにて

負け犬の遠吠えのなかに


真実という名の暴力がある。


 


粉々にされた欲望のなかに


嘘という名の済度がある




君を知りたいいくつかのこと

君について知りたいいくつかのこと。


知っていても意味はない。


知らなくても意味がある。


いくつかのこと。


 


君が焦がれている夢のこと。


君がしたたかについた嘘のこと。


君が声を出さずに泣いた涙のこと。


君が厳かに超えた時間のこと。


君が逢いにいった誰かのこと。


君が守っている家族のこと。


君が抱きしめている孤独のこと。


君が立ち尽くす情熱のこと。


君が生まれた朝のこと。


 


君が知らなかったいくつかのこと。


私が焦がれている欲望のこと。


私がしたたかに隠した傷のこと。


私が声を出さずに呟いた名前のこと。


私が厳かに超えた深淵のこと。


私が逢いに行った家のこと。


私が守っている幻想のこと。


私が抱きしめている真実のこと。


私が立ち尽くす領域のこと。


私が死んだ朝のこと。


 


全ての愛が 


消え去った時でさえ残されたいくつかのこと。













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